魅力

全部含めて

 人と人が惹かれあう ということは、とてもステキな感覚です。人付き合いの上で、どんなところに重点を置くか、あるときはフィーリングであったり、あるときは敬意であったり、またあるときは利害であったり。利害と言うとちょっと印象が悪い感じもしますが、大人になるとそれも大切な要素のひとつになることもあると思うので、一概にいやだともいえないような気がします。ある程度年齢を重ねると、自分の中での基準や境界ができてきます 自分を守るため、必要なことだと思います。けれども、その基準や境界を変えたほうがいいのかな、ということが訪れたとき、どのくらい柔軟に対応できるものでしょうか。

 魅力的に感じるのは、その人がキラキラいきいきしているのを見た時、真剣なところを見た時、意外な一面を見たときなど様々ですが、相手との距離が縮まったと感じるのは、その人の本音的な部分を聞けたとき が一番多いかもしれません。そしてそれに共感できたとき にひとつの壁が取り払われます。普段、そういう部分にたどり着くのはほんのはずみというか、普通に話をしているうちに相手の考えとか哲学的なものがチラッと見えて 無意識的に「この人とは話が合いそうだな」みたいな印象が残るんだと思います。私の人付き合いはそういう始まり方が多いような気がします。あまり深く考えたことはありませんでしたが。。

 普段は自然にやっていることなのに、相手を知ろうと意識してしまうととたんにやり方がわからなくなるというか、逆に遠回りなことをしてしまうというか、人付き合いというのは意識しだすと難しいものです。みんなはどうしているんだろう やっぱり自然にやっていることなんだろうか。いちいち考えてたら先に進めないですよね。。

 10年位前に、友達と「好き」の範囲について話したことがありました。私は「好き」というのを言葉通りに考えていたので、たとえば好きな人Aさん について、「Aさん のことは好きだけど、嫌なところは嫌。」と言いました。すると友達は「私はAさん の嫌なところも全部含めて好きだ」と言いました。それは欺瞞なのではないかとその当時は思っていましたが、今となってはその気持ちはわかるような気がします。要するに、「好き」+Aさんの関係性において、その当時私はAさん 「嫌なところ」にスポットを当てて考えていましたが、友達は「Aさん 自身にスポットを当てて考えたのだと思います。視点を変えれば角が立たなくなることもある。ちなみに、友達はちょっぴり年上でしたが、器が大きくとても愛情深い人でした。

 円滑な人間関係ばかりがよいとは思いませんが、ひとつの視点のみから見るのはやはり偏ってしまいます。反感を感じた人ほど近寄っていろんな角度から観察してみるといいのかもしれませんね。でもやっぱりそれは心に余裕があるときでないと難しいかなぁ~~



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大らかな気持ちで

>反感を感じた人ほど近寄って~

同感ですね。今日は、昨日より大らかな気持ちで。

Re: 大らかな気持ちで

コメントありがとうございます!

昨日より今日、ちょっとした心がけを持ち続けるだけで
結果がずいぶん変わってきそうですね。

忘れないようにしなくちゃぁe-241
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ラナ・クラクラ

Author:ラナ・クラクラ
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